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蒼穹の昴

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浅田次郎の作品で、舞台は中国、光緒12年(1886年)から光緒25年(1899年)までの清朝末期。宮廷、紫禁城にて繰り広げられる、貧農の子「チュンル」の出世物語が本筋です。ただ、単なる一個人の出世物語、で終わる作品ではありません。出だしこそ、糞拾いの生業から一念発起し自ら去勢(浄身)して宦官となり、西太后の後宮で出世の階段を登っていく少年の痛快な物語ですが、物語の背景は、中国最後の王朝に幕を引く大きな政変に向け、不穏な時世です。そんな中、チュンルは出世して西太后の心の拠り所となりますが、同時に外朝では、歴史上「暴君」とされる西太后の振る舞いを憂い、改革を謳う皇帝派が台頭していました。皇帝派は若手が多く、その筆頭としてチュンルが兄と慕う文秀が出世の道を歩いており、ついに十数年ごしに、チュンルと文秀は両陣営の重臣として出会ってしまいます。文秀との運命的な再会とともに、物語は登場人物個人の枠を超え、歴史に翻弄される人々の懊悩を描いていきます。政治的な描写ももちろんですが、何よりも登場人物一人一人の心の機微や想いを表現した上で、困難な人生を乗り越えていく彼らの生き方に心打たれます。

ここまでのあらすじは物語の前半部分で、ここからは政治の動きが主な軸となり、中国に駐在する日本人記者の視点から客観的にも語られるようになります。ですが、記者の視点といえど、また彼の周囲のキャラクターが濃いのです。楽しく、面白く読み進めることができます。主人公のチュンルや文秀もそうですが、ここで活躍するアメリカ人記者「トーマス・E・バートン」も架空の人物。日本人記者「岡」と行動を共にする記者クラブのはみ出し者です。彼らを小説に不可欠な物語の潤滑油として使うことで、小説としてのエンターテインメント性と歴史小説としてのおもしろさのバランスを絶妙にとっています。

私は大抵主人公の視点から物語を読み進めるためどんな小説を読んでも主人公のことは好きなのですが、この作品は他のキャラクターも多彩です。西太后、李鴻章は非常に好きな登場人物です。本筋に出張ってくる彼らはもちろん、譚嗣同や袁世凱、同治帝に至るまで、キャラクターの作り込みが深く、感情移入しやすいので、小説としてのクオリティを上げていると思います。

日本・中国合同でドラマ化、映画化もされているので、映像のほうがとっつきやすいという方は是非見てみてください。
ASIA DRAMATIC TV 中国ドラマ 「蒼穹の昴」
http://www.asiadramatictv.com/lineup/SO0000008322/

続編の「珍妃の井戸」、「中原の虹」、「マンチュリアン・リポート」。どれも心に残っている小説です。特に「中原の虹」と「マンチュリアン・リポート」は馬賊を母体とした軍閥家だった張作霖の話で、なぜ部隊に慕われたか、彼がどう生きたか、馬賊の生き様をチュンルの兄、「李春雷」の目線を通して紡がれます。これは、本当に、おすすめ!!!チュンル推しの私としては、兄弟の再会がどうなっていくかも見どころです。